2011年04月18日

イギリス国王チャールズ2世の誕生時に超新星が輝いていた?



( ・ω・)ノ1630年イギリスのチャールズ2世が生まれた日、日中にも関わらず星が輝いて見えたという伝説があるんだそうですよ。
でまぁ、歴史家の皆さんは、この伝説について「清教徒革命」で処刑された父親のチャールズ1世から王位を継承したチャールズ2世の王位の正統性を示すために作られたプロパガンダだろうと見てきたんだそうです。
ところが、18日にウェールズで開かれるイギリス王立天文学会で発表される研究によると、この星は実際にチャールズ2世の生まれた日に輝いていた可能性があるんだと言う事ですよ。

ヾ(´ω` )イングランド北部のヨークシャー博物館の元天文学キュレーターのマーティン・ルン氏とアメリカの研究者ライラ・ラコッチー氏はこの星が超新星「カシオペア座A」だった可能性があると述べているんだそうですよ。
「カシオペア座A」は、大体330年位前に超新星爆発を起こしたのではないかと推定されていますが、当時の観測記録がほとんど残されておらず、地球からわずか1万光年程しか離れていない距離でおきた大爆発にもかかわらず、なぜ当時の人々に目撃されなかったかが謎とされているんですね。

( ・ω・)ノひとつには、この超新星爆発を起こした恒星が、非常に質量の大きな星だった為に、爆発以前の段階で、今のイータ・カリーナの様に大量のガスやチリを放出して、それが星の本体を覆い隠してしまい、超新星爆発で放出された光のほとんどを吸収してしまった為ではないかという説もあるようですのぉ。
でまぁ、現在の「カシオペア座A」の膨張速度の観測データから逆算すると、1667年前後に超新星爆発が起きたのではないかと推定されているわけですのぉ。
もっともジョン・フラムスティードは1680年8月16日にこの超新星残骸の位置の近くに「カシオペア座3番星」という6等星を観測して記録しているんですよな。

ヾ(´ω` )この「カシオペア座3番星」という6等星はその後姿を消した事から星図からは抹消されてしまったんですが、もしかしたら、超新星を見たのか、もしくは超新星残骸を観測したのを間違って普通の恒星として記載したのではないかと言われているんですが、いずれにしてもはっきりとはよくわからないわけなんですね。
ルン氏とラコッチー氏は様々な証拠を再検証した所、超新星が発生した年代を特定する為に、現在よく使われている方法に疑問を持つと同時に、チャールズ2世が生まれた1630年の5月29日にこの超新星が見えていた可能性も浮上したと言う事ですよ。

( ・ω・)ノ現在考えられているよりも30年ほど前に「カシオペア座A」の超新星爆発が起きたのではないかと言う事ですよなぁ。
どの辺に疑問があるのかとか詳しい所が気になりますのぉ。

posted by Giselle at 22:35 | TrackBack(0) | サイエンス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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